天海祐希の宝塚時代の悪評は嫉妬?無愛想と言われた真相と伝統を壊した伝説の退団挨拶!

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天海祐希さんは、宝塚時代に多くの伝説を立てたことで有名です。

宝塚の仲間から悪評を受けたり、ファンに不愛想と言われたりしたとの噂もありますが、その裏には天海祐希さんへの嫉妬もあったんだとか。

天海祐希さんの宝塚時代の姿と、伝説の退団時のエピソードについてまとめていきます。

目次

天海祐希の宝塚時代の抜擢と噂

天海祐希さんは、宝塚時代に異例の抜擢を受けたんだそう。

その活躍の裏で、天海祐希さんに関して様々なことが噂されていたんだとか。

天海祐希さんの宝塚時代の異例の活躍と、噂や周囲の反応についてまとめていきます。

史上最速のトップ就任

天海祐希さんは1993年に月組トップスターに就任していますが、これは宝塚史上でも最速級とされているよう。

宝塚のトップスターは、通常研12(入団12年目)または研13~15で就任するケースが多いとのこと。

しかし、天海祐希さんは入団7年目の研7でトップになっており、これは通常の半分のスピードになります。

また、新人公演主演回数も異常とされており、前代未聞の研1での新人公演主演を務め、4年間で6回も主演を務めました。

音楽学校を卒業し、月組に配属された天海は、それからわずか半年ほどで、入団7年目までのタカラジェンヌで公演を行う「新人公演」で主演に抜擢された。

NEWSポストセブンより引用

記事によると、天海祐希さんの「圧倒的なスター性」「長身・ビジュアル」「現代的な男役像」が評価されていたんだとか。

天海祐希さんのトップ抜擢は、宝塚史上で見ても前代未聞な出来事だらけだったんですね。

嫉妬から生まれた悪評

天海祐希さんは宝塚時代の異例の活躍の裏で悪評に苦しんでいたんだとか。

「NEWSポストセブン」によると、天海祐希さんに関して以下のような噂が流れていたよう。

「新人公演の主演を、カネで買った

「受験をせずスカウトだった」

「5年でトップにするという密約で入った」

「宝塚から契約金をもらった」

天海祐希さんがさらにステップアップすればするほど、悪意ある言葉も増えていったんだそう。

つまり、異例のスピードで抜擢されていく天海祐希さんへの周りの嫉妬によって、悪評が生まれていったと言えるでしょう。

そんな中で、天海祐希さんはタカラジェンヌとしてさらに実力を高めていきました。

異例の抜擢に対する周囲の反応

天海祐希さんの「異例中の異例」とされる抜擢に、周囲も様々な反応を見せていたとのこと。

「異端児」とよく言われてましたし、自分でもそうだなと思っていました。

AERAデジタルより引用

まず、宝塚でともに苦労を重ねている人たちは、「驚き」はもちろんのこと、自分と比較しての「戸惑い・不安」、それが強くなっての「嫉妬」が大きかったことでしょう。

特に、上級生にとって天海祐希さんは、自分たちの存在や宝塚の秩序を脅かす存在に映ったかもしれません。

そのような天海祐希さんの活躍に嫉妬する人たちが、悪評を広めていったと言えそう。

また、舞台関係者や演出家の間では、「この人は別格」と判断しての「期待や納得」があったとのこと。

それだけ、天海祐希さんの実力が高かったことがわかりますね。

さらにファンの評価も賛否あったようで、「天海祐希は天才」という称賛の声と、「抜擢が早すぎる」という戸惑いや不安の声もあったようです。

天海祐希さんの活躍は、様々な人に大きな影響を与えていたことがわかりますね。

天海祐希が無愛想と言われた真相

天海祐希さんは宝塚時代、ファンの間で無愛想と言われていたようですが、真相はどうなっているのでしょうか。

当時、ファンとどのように関わっていたのかも気になりますね。

天海祐希さんが無愛想と言われた真相についてまとめていきます。

独自のファンサービス哲学

天海祐希さんは、宝塚で伝統として受け継がれてきたファンサービスを行わなかったという一面があったそう。

宝塚駅から大劇場へと続く遊歩道「花のみち」では、「入り待ち」と呼ばれるファンの見送り行事があります。

そこでは、トップスターは立ち止まって、笑顔でこたえるのが恒例行事だったそう。

しかし、月組トップスターを務めた天海祐希さんは、ファンからの歓声に応えなかったことから

「あまりにも不愛想で、サービス精神がない」

と言われていたんだとか。

「NEWSポストセブン」によると、天海祐希さんは楽屋入りの際に、帽子を目深にかぶり、大股でファンの間をすり抜けていたとのこと。

そこには、「劇場を離れればひとりの人間」という天海祐希さんなりの考えがあったそうです。

プレゼントや貢物の拒否

天海祐希さんは宝塚時代、宝塚の文化であった「プレゼント文化」をも否定していたんだとか。

宝塚では、ファンからの差し入れやプレゼント、楽屋見舞いなどが慣習としてあったとのこと。

しかし、天海祐希さんはそれらを必要以上に受け取らなかったそう。

天海祐希さんは過去にインタビューで「媚びるのが苦手」と語っていたことから、プレゼントを受け取ることで生じるファンとの距離を置こうとしたのかもしれません。

そこには天海祐希さんなりの誠実さが表れていたと言えそうです。

同期を守った男前の逸話

天海祐希さんは、宝塚時代に同期をいじめから守ったというエピソードがあります。

天海祐希さんは、いじめを目撃した際に「1人だけをいじめないでください」と怒りを表したんだそう。

そして、理不尽な理由で同期が課せられていたトイレ掃除を「私も一緒にやります」と買って出たんだとか。

他にも、天海祐希さんが上の学年になったときには、宝塚のルール改革を率先して行うなど、男前な逸話がたくさん残されているようです。

実力もあって、男前だなんてかっこいいですね。

天海祐希が伝統を壊した退団挨拶

天海祐希さんは退団時に様々な伝統を壊したんだそう。

どのような伝統を壊したのか、気になりますね。

天海祐希さんの退団時のエピソードについてまとめていきます。

大羽を着用しない異例の姿

天海祐希さんは、宝塚でのサヨナラ公演時、慣例であった大きな羽を着用せずに登場したことが、伝説になっているそう。

これまでは、羽を背負わずに登場したトップスターはいなかったそうですが、天海祐希さんは大羽着用を拒否。

理由としては、トップばかりが豪華な衣装を着るという制度が嫌だったからなんだそう。

最後まで自分のスタイルを貫き通したんですね。

形式を嫌った最後のスピーチ

天海祐希さんは、サヨナラ公演で観客に向かって手を振って終えるという慣例をも破ったそう。

トップスターは、最後に観客に向かって手を振るのが当たり前の習わしでした。

しかし、天海祐希さんがサヨナラ公演で最後に顔を向けた相手は、観客ではなく仲間たちだったんだとか。

自分の支えであった同期や宝塚の仲間たちに、感謝の気持ちを表したんだそう。

最後にそんな行動をとるなんて、仲間想いで素敵ですね。

宝塚の常識を覆したファンサービス

天海祐希さんは、退団時に宝塚のファンクラブの人全員にワイングラスを贈るという、驚きのサービスを行いました。

宝塚退団時は、車を借りてパレードをしファンに挨拶をして終えるというのが、通例とのこと。

しかし、天海祐希さんはファンクラブの人全員にワイングラスを贈るという、異例のファンサービスを行ったそう。

ファン全員に感謝の気持ちを示そうとする誠実な姿が伺えますね。

まとめ

今回は、天海祐希の宝塚時代の悪評は嫉妬?無愛想と言われた真相と伝統を壊した伝説の退団挨拶!

〇天海祐希の宝塚時代の抜擢と噂

〇天海祐希が無愛想と言われた真相

〇天海祐希が伝統を壊した退団挨拶

についてご紹介させていただきました。

これからも、天海祐希さんの活躍に注目です!

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